2009年01月24日 注記
このSSは2008年09月12日に公開されたものを再録しました。
らき☆すたのSSです。
なんだか先日、秋の気配の記事(
注記:本ブログでは未収録)で「読者目線を意識したい」とか書いたような気もしますが、いきなりその方針を裏切ってしまうひかる&ふゆきの組み合わせです。
やっぱり勢いって大事だと思う今日この頃だったりして(笑)。
例によって少し解説いたしますと。
このSSは、最近pixivで拝見したひかる&ふゆきの4コマに触発されて書いたものです。元の4コマの魅力には到底およびませんが、咲夜的ひかる&ふゆきはおひとついかがでしょう?
ちなみにこのSSは、拙著
「潮風が目にしみる」、
「完熟トマトと真珠の魔人」の世界の延長線上にあります。
これらのSSはアニメ版の第六話「夏の定番」で、高校二年の夏休みにこなかがが海水浴に行った話を元にしていますが、今回のSSはそれより少し後、二学期の始め頃という設定です。いちいち読むのがめんどいという方は、とりあえずこがかががおおっぴらに付き合い始めている、とだけ抑えていただければ、と。
「小さな奇跡は今日も続く」
・ひかる&ふゆき (ひかる視点)
・一話完結もの
・シリアス
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『小さな奇跡は今日も続く』
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九月だというのに、いや,まだ九月だからと言うべきだろうか。今日も朝から残暑が厳しい一日だった。六時限目が空きでなければ、タバコなしではいられなかったかもしれない。口にくわえた禁煙パイポを噛み締めながら、そんなことをぼんやりと考えていた。もちろん、手を動かすことだけは忘れていない。普段の私をよく知る人間がこの光景を目撃したら、この世の終わりが来たと嘆き悲しむか、あるいはある種の小さな奇跡などと評してくれるだろうか。
こうして貴重な空き時間を利用して、私が職員室の自分のデスクでせっせとネイルケアにいそしんでいると、世界史の黒井先生が声をかけてきた。
「お、桜庭先生。ずいぶんと高級そうなヤスリですな」
生徒達には人気があり、背が高い上にスタイルもなかなかのものな彼女であるが、不思議と色恋沙汰の噂は聞かない。どうもさばけ過ぎている性格に問題があるのではないか、と私は考えているのだが、もちろん真相はわからない。
「ええ、なんでもクリスタルガラスだとかで」
隣のクラスの担任の先生のことを、なんの理由もなく無視するわけにもいかない。しかたなく私は手を休めると、蛍光灯の光を浴びて燦然と輝くクリスタルガラス製のヤスリ──確か正式には〝クリスタルグラスファイル〟とか言うそうだ──をかざして見せた。
「そりゃごっつ豪勢ですな。でもそんなに熱心に手入れしとると、そのうち爪がのうなってしまうんと違いますか」
「ははっ、そうならないように気をつけます」
お前のチェコの土産物、ずいぶんと好評みたいだぞ、ふゆき。
◇
帰りのホームルームが終わるや否や、さっさと教室を飛び出そうとしていた柊かがみを、私はとっさに呼び止めた。
「よう、柊」
「なんですか、先生」
彼女は控えめにいってもかなりの美少女の部類に入るだろう。背は高すぎず低からず、総合的なプロポーションも水準以上。整った顔立ちに気の強さを表す、ややつり目気味の瞳が印象的。しかも成績優秀で面倒見もなかなかいいとくれば、これはもう放っておけという方が無理というもの。ただ唯一にして最大の障害は、彼女にはすでに想い人がいて、それをクラスの大半が認識しているという単純な事実だった。
「まあなんだ、お前の嫁とは仲良くやってるのか?」
「は? ええ、まあ」
おやおや、てっきり『べ、別にあいつなんかとは……』的な反応が返ってくるものと期待していたのだが。どうやらこれは、夏休みの間にかなりの進展があったものらしい。
「ほお、どうやら、ほんとにうまくいってるようだな」
「先生のご想像にお任せします」
柊はしれっと言ってのけた。こういう態度を取られると、ただ引き下がるのもおもしろくない。
「いいのか? じゃあ、あーんなこととか、こーんなこととか──」
「先生?」
おっと、かなり本気で睨まれてしまった。
「冗談だ。そんな怖い顔をするな。せっかくの美少女が台無しだぞ。まあ泉には別の意見があるかもしれんが」
「そ、そんなことないですよ。もう、やだな先生、からかうのもいい加減にしてください」
泉の名前を出したとたんにうろたえてしまうあたり、まだまだ若いな、柊。
「悪かった。ま、お前達がうまくいってるなら別にいい」
「ありがとうございます」
ふと気になったので、もう少しだけ揺さぶってみることにした。
「ところでお前、ネイルケアはちゃんとしてるか」
「は?」
なんのことかわからない、という風に柊は首を傾げた。
「いや、なんでもない」
この調子なら、あちら方面の指導はもう少し先でいいだろう。
「まあそのなんだ、学生時代に育んだ親愛の情は何物にも変えがたい一生の宝だ。大事にしろよ」
「はい、わかりました。先生方もがんばってくださいね」
「うむ」
そういうと、一分一秒も惜しいという感じで、柊は廊下へと飛び出していった。おそらく行き先は、隣の教室で彼女のことを待ち焦がれている泉こなたのところだろう。
それにしても、だ。
柊の言う『先生方』というのが、私とふゆきのことを指しているのは言うまでもない。まったく、あいつのツッコミにも一段と磨きがかかってきたな。だが教師相手に冗談を飛ばすようなタイプじゃないと思っていたが、どうやら泉と付き合うようになったおかげで多少は人間が丸くなったと見える。
「先生方、か」
せっかくだから、今日はひとつ、ふゆきの奴でも誘ってみるか。
◇
放課後の保健室は閑散としている。
「ふゆきー、いるか~♪」
「せめて学校では先生をつけてください。桜庭先生」
もちろん、ここの管理責任者として陵桜学園に知らぬものがない美人看護教諭、天原ふゆき大先生様の存在を除けばだが。
しかし、どうして彼女と私がこうした関係に陥ってしまったのか、未だによくわからない。
いい所のお嬢さまのふゆき、まるっきり庶民の私。
おっとりとした物腰のふゆき、瞬間湯沸かし器の私。
細やかな配慮が行き届くふゆき、ずぼらな私。
長身のふゆき、短躯な私。
こうして並べ立ててみても、およそ共通点などどこにもない。これはもうフェルマーの最終定理を証明するよりも難しい問題ではなかろうか。時には『小さな奇跡』とでも呼びたい気分になることもある。もちろん、そんなこっ恥ずかしい台詞は口が裂けても吐けないが。
「他人行儀なことを言うな。私とお前の仲じゃないか」
「どんな仲ですか」
そして彼女の視線に晒されると、なぜか私は少し落ち着かない気分を覚えてしまう。すべてを見透かされているのではないか、という怖れを感じるからだろうか。
「ええと、幼馴染?」
「こんな手のかかる幼馴染なんていりません」
「ええと、親子?」
「余計に嫌です」
「じゃあどんなのがお望みなんだ」
「言ってもいいんですか」
「……今日のところは遠慮しとく」
「もぅ」
二の句を継ぐ代わりに、ふゆきは深い深いため息をついた。それから何かを思いついたらしく、目をキラッ☆と光らせる。
「そういえば──」
そう言うなり、ふゆきはおもむろに立ち上がった。そのまま私の方にずんずんと歩み寄ってくる。そして私の頭に顔を寄せると、すうっと息を吸い込んだ。まったく、いちいちこういう動作が嫌になるほどサマになる。これが出自の違いという奴だろうか。
「な、なんだよ」
「よしよし、今日一日はちゃんと禁煙できているようですね」
「だからってそういう風に人の頭を撫でるのはやめてくれないか」
私は抗議したが、ふゆきはただクスクスと笑っているだけだった。どうやら機嫌自体は悪くないようだ。これなら多少無茶なお願いをしても大丈夫だろう。
「なあ、今日は泊まってけ」
「はあ? 急にそんなこと言われても困ります」
「晩飯はカレーがいいな。骨付きモモ肉のチキンカレー」
「少しは人の話を聞いてください」
「あ、それとビールも買ってきてくれ」
「ビールは嫌です。だって臭いんですもの」
「じゃ、ワインで。安い奴でいい。銘柄はまかせる」
「……ほんとに、今日だけですからね」
久しぶりに小さな勝利の味をかみ締める。だからつい気が緩んで、余計な一言を付け加えてしまったのも無理はない。
「そうそう、今日もネイルケアだけはちゃんとしといたからな」
すると、ふゆきの目がすうっと細くなる。
「下品な人は嫌いです」
それから機嫌を直してもらうのに、小一時間ほどかかった。
だいたいお前、そういうことを期待してあの〝クリスタルグラスファイル〟を私に押し付けたんじゃないのか、とツッコんでみたかったが、そんなたわ言を口走った日には一生口を聞いてもらえないかもしれないと思ったので、結局黙っていることにした。
こうして小さな奇跡は、今日も続いてる。
(Fin)
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